●林家こぶ平
本名/海老名泰孝
生年月日/昭和37年12月1日
古典落語から新作落語、テレビのバラエティー番組まで
幅広く活躍。
お子様からご年配の方までファンは年代問わず、
お茶の間の人気者。
「お江戸週末散歩」角川書店より発刊。
2005年3月春より、九代目林家正蔵襲名。


 私の子供の頃からしますと、生まれ育った場所の景色も人も変化してはいますが、いい意味での下町っぽさ、温かい人情みたいなものはずっと続いていますよ。自分にとって、暮らしやすい馴染みの街です。ええ、湯島、大好きですよ。湯島と言えば、子供の頃から病気になればすぐ、おふくろが、大塚診療所に連れて行ってくれましたね。いまでは私の子供たちもお世話になっています。いい先生で、とても信頼しております。
 鈴本演芸場は湯島に近いですよね。天神下にある黒門町には落語協会もありましてね。何かとあの辺りは、実にお世話になっているんですよ(笑い)。
 私は散歩が趣味みたいなもので、池之端から湯島方面はよく歩きます。歩く速度と落語の間合いみたいなものがちょうど合うんです。新作落語を考えたり、ネタをぶつぶつ言いながら歩きます。特に人情噺なんかにぴったりの街並みがあって、そこの角を曲がると、ふと登場人物に出逢えるような気がして、夢があって発見があって面白いですよ。東大の方に抜ける道や、男坂、女坂を下りて行く道なども、ちょっとした風情や趣きがあっていいですね。女坂は男坂より緩やかに造られていて、ちょっと一息つけるような踊り場もあって、石段がゆったりしたスペースにとってある。男坂はまっつぐで(笑い)。まるで男の人生そのもの、なんだか考えさせられますよ。
露地なんかにある隠れた名店とか、グルメの本に載っているような美味しい食べ物屋さんなんかを、「あっ、ここだ、ここだ」って見つけるのも楽しみの一つですしね。
 私は食べることって、とても大事なことだと思っているんです。特に、子供たちやお弟子さんたちと一緒に囲む食卓、それが何よりのごちそうだと。食育って言うんですか。ごはんのときに、一緒に食べながらよく話すんです。食がよくすすんでいるときの子供には、「何かいいことでもあったのかな」と聞くと、「うん。運動会でね」とか、楽しそうに話してくれます。食がすすまない弟子に「おかわりはいいのかい」なんて言うと、「実は…」って心配事をこっそり相談してくれたり、食を通じて、体調やこころの中のこと、何かしらわかります。私は仕事柄、決して理想的なファミリーパパではないと思いますけれど、とにかく、一日のうち、朝食だけでもいいですから一緒に食べることをこころがけ、大事にしています。
 おふくろは、寒い冬と暖かい朝、葡萄のように育ててくれました。それじゃ、何かい、わたしゃ葡萄なのかいって話にもなりますが…(笑い)。そうではなくって、叱り方、褒め方の寒暖の差が、親父もおふくろも実にうまかった。私は、幸せなことに、いい親父といいおふくろに育てられて、それらをまた子供たちにバトンタッチするのが義務であり、使命だと思っています。子供に気を遣いながら育てるのではなくて、親が一生懸命に生きる!それがいまの時代も昔も一番の子育てじゃないですかね。
九代目正蔵を襲名するにあたり、平成版の正蔵を復活できればと願っております。大きな名跡であり二年半のご猶予をいただき、その間より一層の精進をしていく所存です。父のできなかったこと、若い時でないとやれないことを、いまの風を吸った演者による現代の古典をですね、芸人として、意欲的に披露していきたいと考えております。(談)



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